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Aの「宗教的情操を涵養」は今の日本人に一番欠けちょるもんじゃと思いますなぁもし。 これこそが、ここに言う「心の心棒」ですじゃ。 人の心には「心棒」がいる。それが悪事に走ろうとする心を真っ直ぐな心に引き戻す。 或いは、矯正によって元の真っ直ぐな心に戻り、それを維持する力にもなる。 「心棒」のない心はすぐ曲がり、少しの風で倒れ元には戻らん。そこに、数々の悪事が生まれ、思いもよらん極悪非道な犯罪にまで、ブレーキ無しに及んでしまう。 「心の心棒」ちゃぁ、心のよりどころ。 そのよりどころを創ってくれるんが「宗教ごころ」じゃぁ思いますなぁもし。イカンザキさんや! 「宗教ごころ」は釈迦やキリストの言葉を学んだり、高い徳を積んだ高僧や四囲の徳の高い人の言葉や話から又、古来からのこの国の礼節、習慣、地域行事を学ぶ事によって養われ育って行く物と思いなさらんかなぁもし。新渡戸稲造の言う「武士道」もその一つじゃぁ思いますがのう。 「宗教ごころ」は信心や信仰じゃぁありませんぞな。イカンザキさん。 人の思考の中で善悪を計る物指しじゃな。これを私が仮に「宗教ごころ」と呼んじょるんじゃが、気持ちをお分かり頂けませんかのう。 そんな訳で、新しい教育基本法にゃぁ何等かの形で、これを盛り込んで欲しいと思うちょります。 尚、Aは与党中間報告案の中で自民党は「宗教的情操を涵養(かんよう:水が自然にしみこむように、少しずつ養い育てること)する」と明記を主張しちょたもんじゃが、公明党が「信教の自由を侵す恐れがある」と反対し「宗教に関する教養ならびに宗教の社会生活における地位は、教育上尊重される」ちゅうあいまいな表現になったちゅう経緯がある。 信仰を教えるんじゃぁありません。「宗教ごころ」は要るとお思いなさらんかのう。公明さん! @は前のブログ【「愛国心」と教育基本法改訂与党案】を見てください。 http://inakamonn.at.webry.info/200604/article_20.html Bは「教育」ちゅう曖昧なもんより「教育行政」と明確化したほうが良いと思いますのう。 <自民の修正案と公明党の反応> ●日本会議国会議員懇談会(自民・民主保守系議員)修正案 @【国を愛する「態度を養う」】を⇒「心を養う」 A道徳心の育成につながる「宗教的情操の涵養」を⇒「宗教教育」の項に明記 B【「教育」は不当な支配に服することなく】を⇒「教育行政」(支配対象の明確化) ●公明党の不満「教育基本法の改訂について」イカンザキ殿の発言 「公明党として責任をもてるのは今の案だ」 「自分たちだけだけで責任を持って法案を通せるというのであれば、どうぞ義自由に」 【与党の教育基本法改正案の修正要求部分】 前 文 われわれ日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家をさらに発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願うこと。 この理想を実現するため、個人の尊厳を重んじ、真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成を期するとともに、伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育を推進すること。 日本国憲法の精神にのっとり、わが国の未来を切り開く教育の基本を確立し、その振興を図るため、この法律を制定すること。 2.教育の目標 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとすること。 (1)幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体をはぐくむこと。 (5)伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできたわが国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。 ⇒「心を養う」 15.宗教教育 (1)宗教に関する寛容の態度および宗教に関する一般的な教養並びに宗教の社会生活における地位は、教育において尊重されなければならないこと。 (2)国および地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動を ⇒「宗教的情操の涵養」を明記する 16.教育行政 (1)教育は、不当な支配に服することなく、この法律および他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担および相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならないこと。⇒「教育行政は」 「HP へんじょこんご」より【いなかもんのよもだ】 http://www5f.biglobe.ne.jp/~inakabito/kuni%20o%20omou%20shinnjyou3.html 1)宗教心と信仰は違う 今回の与党中間報告じゃ精神面の基盤醸成に自民党は「宗教的情操をかんよう涵養(水が自然にしみこむように、少しずつ養い育てること)する」と明記を主張しちょるが、公明党が「信教の自由を侵す恐れがある」ちゅうて反対し「宗教に関する教養ならびに宗教の社会生活における地位は、教育上尊重される」ちゅうあいまいな表現になちょる。一般的教養ちゅうなぁ、歴史的な事実じゃ、そりゃ宗教の心じゃないんよ。そいから、宗教の社会生活における地位ちゅうんは何んを指しちょるんじゃろうかのう。教団を支持基盤にしちょる政党色を強う感じるんや。こんようなことじゃあ、日本人の心ぁさまよい続けるんじゃあないかのう。 T.B http://tb.plaza.rakuten.co.jp/veruni11/diary/200604150000/ http://memorizer.blog11.fc2.com/tb.php/157-7f8b37e2 |
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